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━高校には行かずに、大検の資格を取って、大学に通われている岩木さんです。不登校の時代にはそうとう苦労があったようですね。どういう方面での不安があったんですか?

僕の場合は、親に負担をかけてしまったと言うことと、このままいったら、どっちにしてもいい人生は歩めないなと言う失望感がありました。幸せに生きたいけれど、こんな自分じゃ絶対無理だ、どうせ生きていたって仕方がないと思っていました。

━自殺願望が強かったんですか

すぐ自殺したいというわけじゃないけれど、いつか自殺して人生を終わらせなくちゃいけないと感じていました。毎日が楽しくなかったですよ

━不登校の子供を見る世間一般の感じ方は、楽をしている、ぐうたらしていると言ったものが根強いです。実際、ご自分や不登校の子供を見て、そう思いますか?

ぐうたらしていたのは事実なんで、反論はしませんが、好きでやっていたわけじゃないんで。ずーっと家でぼうーっとしているのも結構疲れるんですよ。心が腐っていって、ずっと変化がないまま停滞しているんです。もう寝ていた方が楽だから、ずっとベッドで寝転がっていましたね。

━人間の生活の営みの中で、唯一自分に負担がかからないのが、ぐうたらする、ゲームをすると言うことなんですね

そうです。消去法でそれしかないんです。でも楽を選んでいたのも事実なんで、いま立ち直ってみて、あのときにもっと苦難に立ち向かっていったら、また違っていたと思います。結局、根性論になってしまうんですけど、ある部分は不登校児も頑張らなくちゃいけないと思います。双方向が力を合わせないと、立ち直れないんじゃないかと。元気になりたい気持ちがあったら、一日中ゲームをしてテレビをあてもなくてみ、昼夜逆転をの生活をしたら、元気になれないですよ。でも、普通に暮らすこともすっごくきついから、もう楽したい、早く逃れたいっていう気持ちばっかりが先に立ってしまうんです。

━たとえば高校に通っている同級生は、試験もあったり、クラスの中でいろんなトラブルもあったり、楽ばっかりではないですよね。もちろん楽しいこともあるでしょうし、一方できついことも経験して、成長していっています。彼らを当時どう思っていましたか

あんまり考えたくなかったですね。考えてしまうとよけい自分が駄目人間だと感じて、落ち込んでなんにもやる気が出ないですから。少しでも気が紛らわせるテレビとかゲームをそれでしてしまうんです。

━それじゃあ、ゲームもテレビも楽しくない?

いや楽しいですよ。だからずっとしてしまうんです。ゲームとか一人でできる娯楽がなければ、もっときつかったもしれまないです。

━親はそういう生活をどうとらえていた? 口やかましく言われた?

結構言われました。結構引き籠もっていたときは、必ず小言を言われるから、家を出ようでようと思っていたんですが、でも家にいる方がやっぱり楽だから、出れなかったんです。で、小言を言われて、言われるくらいなら家を出ようと思って

━その繰り返しで、結局行動できなかった

そうです。行動力が全くなくなってしまって。もう小言が嫌でたまらなかったんですが、それでも外出することが嫌なんですよ。外に出てもやることはないですし、普通の同年代の人たちを見ると、すっごく劣等感を感じてしまって。クリスマスの前とか大嫌いでした。あのときは現実を見ないように見ないようにしていましたね

━そんな岩木君がどうして、前向きな気持ちになれたの?

僕の場合は、甘えというものから脱却できたというか、甘えを断ち切らないとやばい立場に追い込まれたんです。母親が病気になってしまって、父親も結構年がいっていたので、自分で何とかしないと、やばいと思い始めてきたんです。それで母親が死んで……

━母親の死が、甘えを断ち切ったわけ?

不登校になったのは、好きでなったわけじゃないですけど、母親がいて保護してくれるから、引き籠もったこともありまして。ちょっと自分に厳しくしないと、将来やばいと思い始めて……

━昔の自分は甘かった?

結果的に甘かったと思います。でも、僕と似た立場の人に、お前甘いぞなんて言えません。甘いのはわかっているからよけい苦しいわけですし、もう心が張り裂けそうなんで、必死で逃げ場を捜して、状況に甘えなくちゃいけないっていう状況だったので。自分でよくよくわからないといけないと思います。強制的にお前は甘いから自分に厳しくしろなんて言えないですよ

━そうしたらよけい心を閉ざしてしまうよね

そうだと思います。僕もそうなったと思います。

━誰も自分の気持ちをわかってくれないと思った?

そうですね。やけになるときもありましたし、でもどうしたらいいのかも昔はわからなかったです。

━お母さんが存命中に、前向きな気持ちになった?

やらなきゃやらなきゃと思っていましたけど、大検をとろうと思ったのは、お葬式のあとです。だから、生きている間にそういう姿を見せたかったと後悔していました。

━逃げ場が無くなってはじめて心に火がついたわけだね

過保護とかすごく厳しく言ってくる親の子供が悩むと聞くけど、やっぱり保護されているから、その中に子供は逃げ込むんだと思います。そこが周りの人が言う甘え手いると言うことなんだと思います。

━岩木君から見て、そういうやっぱり守ってくれる存在の親がいなくなることで、みんなが立ち直れると思いますか?

ケースバイケースだと思います。僕の場合は立ち直れたんですけど、よけいダメージを受ける子供も多いと思います

━ショック療法がすべてに有効とは限らないからね

ものすごくはまってしまった子供は、すぐ傷つくと思うんで、親の死はそうとう堪えると思います

━大検の資格を取って、どうして上の大学に行こうと思ったの? 人並みの大学でいいとは思わなかった?

どうせ大学に行くなら、それまでの鬱憤とか見返してやろうという気持ちが強くなって、そこいらの高校生が行けない大学に行こうと思いました。

━劣等感がバネになったんだね

そうです。うまい具合に自分の心に火がついて。それに勉強だけしていればいいから、楽でした。生活態度を見られないし、ややこしい対人関係もなかったので、受験だけに集中できたのはよかったです。もともと勉強は嫌いではなかったですから

━学力を取り戻すのに苦労した?

勉強を再開してみて、基礎学力の無さを痛感しましたね。でも簡単に追いつくことが出来ると思いますし、いま不登校の子供も、ちょっと集中して勉強すれば、高校中学に通っている人に簡単に追いつけますよ。だから、そこで劣等感を感じることはないですし、親の方も必要以上に学力が劣っていると悲観しないで欲しいですね。

━大学に入ってどういう風に気持ちが変わった?

自由というのが、自分に合っていて、最初はとまどったこともあるけど、次第に慣れていきました。がちがちにやらなくていいので、すごく自分に合っていると思います。

━最後に不登校の子供たちになにかあれば

いくらでも人生は巻き返しが聞きますし、劣等感を感じてもすぐ取り戻せるから、希望だけは失わないで欲しいです。悩んで苦しんで強くなれると思うんですが、それも心がけ一つで変わってくるので、自分を追いつめないでください

不登校問題 インタビュー・対談集