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T・Tさん 東京都

これを読んでいる人は、実際引きこもりの状態の人か、息子が、娘が、または肉親が引きこもりの状態の方が多いと思います。今、ひきこもりがマスコミで大きく取り上げられていますが、これを克服するのは、思った以上に困難なことです。軽度の状態は、自分の意識を強く持つことで乗り越えられることもあります。親や世間がよく言うように「根性の問題」で乗り越えられる状態です。しかし、心のトラブルが原因によるものは、自分で困難を乗り越えようとしても、あまりに壁が高くそびえているのです。だれもが棒高跳びのエキスパートになれるわけではありません。しかも、棒すらもっていないのです。いや、飛ぶ気力もなくなっています。あの壁(不登校・ひきこもり)を飛び越えたい、と悩んでいる当人が強く思っています。でも、現実は過酷です。

社会問題化となるには、圧倒的な人数の人が、不登校になったり、引きこもらざるを得ない現実があってはじめてなると思います。僕も中学生の時に不登校になって、その後何年も引きこもっていました。周りからみれば、ぐうたらにしか思えなかったに違いありません。でも、僕もそうでしたが、みんながみんな好きこのんで引きこもっている訳じゃないです。だれにも自分の苦しみなんて理解できない、というもどかしさ、将来への不安、保護者に迷惑をかけているという罪の意識。でも、それを圧倒したいのに、変えられない苦しみ。

不登校や引きこもりになる原因は様々です。それは神経症による苦しさで、一歩も家から出られない。特に対人恐怖症はそうです。他に鬱によるものも非常に多いと思います。うつ病だからなるのではなくて、不登校やひきこもりの生活が続くことでうつ病になると言えるかもしれません。社会恐怖や適応障害など理由はたくさんあります。そうなるからには、必ず心の部分での原因が存在します。僕の場合は学校で担任によるひどいことを言われたことがきっかけでした。他にも小さなこと、大きなことが僕の心を傷つけ、人間不信になってしまいました。でも、なんでこの子はここまでなってしまったんだろう、と親は嘆き続けていました。半ば混乱していました。当人の心の事情を周囲はわかりづらいのです。なんで引き籠もったか、本当は通って卒業したいのに不登校にならざるを得なかったのかの原因も、悩んだことがない人には、到底理解できないものだと思います。もしかしたら同じ土俵に立つことは、親子といえどもないのではないかなと思います。

あえて不登校とひきこもりを経験した僕が親の当時の心境を振り返ってみたいと思います。彼らは非常に心配に思うことは……この子は永遠にひきこもりから脱出できないのではないか……、社会から完全に取り残されてしまうのではないか……または最悪の事態(自殺)などの不安もあります。のちに僕が立ち直ったときに親から直接聞きました。でも、こもっている本人が一番つらいのです。そんなことは誰よりも身にしみて感じています。自分の人生ですから。このままではいいとは思っていません。家族にも迷惑がかかっていることも十分承知です。でも、これを乗り越えられる自信や武器が全くない、未来への展望もない、傷つくことへの恐れもありました……常に絶望との闘いです。僕の親は様々なことを、自分のためにしてくれました。でもそれはどれもまったくだめでした。よけい絶望してしまいました。自分というのはなんて醜くて絶望的な人間なんだ、と自責の念にも駆られました。元気になりたいのになれないのです。当然死をいつも考えていました。今はまったく克服でき、当時を振り返ると、当時の異様な心情には不思議な気持ちにもなります。人ってはまるとどこまでも心がぼろぼろになっていくものなんですね。

なんで自分は引きこもっていたのだろう。何が怖かったのだろう、と。世の中はもっと簡単なものだ、と。何も怖がることはなかったです。恐怖感は恐怖感をどんどん生み出し続けます。この悪循環が切れた今、恐怖とか不安に感じていたことはちっぽけに思えます。でも! 当時はそんな心境になれっこありません。「がんばれ」とか「強い人間になれ」とか精神論で片づけられる問題ではないのです。

また、仮に学校や社会に復帰したとき、やはり社会を満足を持って渡っていけるだけのノウハウ、武器が全くありません。裸の状態です。不安で不安でしょうがないんです。そしてなんとか、引きこもりから脱出できた相当の人が潰れていると思います。僕の経験したことの延長で考えると、それもしょうがないと思います。怖いことを書きましたが、心の悩みは人生のその後もずっとマイナスの影響を与え続けてしまうのです。だから、一生乗り越えることが出来なくなるほど落ち込む前に、時間との勝負は大事となると思います。10代で悪循環から抜け出した方がいいと思います。僕もあそこで克服できなかったら、社会に無理に出ていたとしても、必ず押しつぶされていたのは間違いありません。時間が過ぎ去ってしまうと、不登校でマイナスの心になっていたときの状態が、その人のデフォルトの心情となってしまうのです。苦しいと感じながら、それが日常化してしまうことほど、恐ろしいことはないと思います。

登校拒否もそうですが、一日登校拒否なり、引き籠もるとします。悩んでいる人にとっては、この状態ほどうれしくて、ほっとして、悩まなくてすむことはありません。傷つくことがほとんどないからです。自分のテリトリーにいるからすごく安心できます。不登校を許してくれた親に心の底からありがとうと思いました。この状態は、最悪の中でも一番「すばらしい時と場所」であるかもしれません。だから、ひきこもりをずっと続けられるわけです。だから、いったん引きこもったら最後、外に出ることに前よりも異常なパワーを必要とします。それこそ、悩んでいない人が一生に何度も経験しないほどのパワーを必要とするのです。だから、よけい疲れ果ててしまいます。そして、社会に、学校に出たとしても、つらいだけ、きついだけ。今の引きこもりの状態も発狂するほどつらい……でも、社会に出る方がもっと怖いし不安だし苦しい……もうジレンマが最高潮に達します。

他の人が薬も飲まずに、人生を楽しんでいる、心から笑っている、でも自分は……という格差。時間が長引けば長引くほど、社会に出たときに感じる焦燥感、不安感。引きこもりや不登校を克服するには、悩みの原因を克服することから始まりました。前に言ったように原因があるからひきこもってしまうのです。根っこから克服できないと、必ず将来、同じ目に遭うと思います。思考回路、無意識の部分がまた同じ昔の学習をはじめてしまうからです。

この手記を書くに当たって、不登校の現実を知っていただけたらとの思いを主眼においてみました。