子供を導く存在の欠如ということをたびたび言ってきたが、本来そうあるべきの学校の先生たちはどうなっているのだろうか? 長らく先生の指導力の低下、人間的魅力の無さが言われている。なかには非常にすばらしい先生もいるが、残念なことにそんな先生に会っていない子供が多い。30代の筆者でさえも、一人もいなかった。よくいじめに先生も荷担していたという事実がある。そこまでいかなくても、ひどい言葉、一生残る心の傷をえぐる言葉を子供に放って、敏感な子供の心をズタズタにしている。教師としては何でもない言葉だったかもしれないが、聞いた本人はそうではない。なかには確信犯でいう先生もいるとなると、これでは、ますます不登校児の割合が増えていくのはしょうがないだろう。

事なかれ主義、教師のサラリーマン化、(わいせつなど様々な事件などによる)教師の権威失墜で、親も子供も、教師をもう信頼していない。不登校児を抱える家庭で、ほとんどが教師に対して不満を持っていた。上へ上へ導くどころか、地獄へ突き落とす教師がこう多くてはむべなるかなである。もっと根本的に不登校問題を減らすためにも、こういう教師の力量不足から解決するために方策を国も地方公共団体も考えていかなければならない。

ひどいことを言った教師が、その子供に土下座をしたことで、子供の心が立ちなったというケースもあるのだ。いまの多くの教師は、その権威と力に見合った力量を持っていないことは確かだ。

もう一つ怖いデータがある。不登校問題を抱える家庭の高い割合で、教師の子供だと言うことだ。教師の親を持つ子供は病みやすい。責任をもって厳しくがっちり育てた結果、子供が不登校になる。このことは子育てとは何かについて、よく考えなければならない事実だろう。